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zoom RSS ウエスタンエレクトリック13Aレプリカ&WE555導入記 その10.

<<   作成日時 : 2017/09/07 18:56   >>

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 (電源コードも見えますので、実演中と思われる13Aレプリカです)
 実はベンプレ親父のホントの疑問はここからです。日本国内に入ってきた555が1万本は本当かなと。
 日本のウエスタンエレクトリック使用館のうち、戦後、シネマスコープ導入以前の時期にWE555+15Aを使用していた館は100館足らずだったのでは。なぜなら、1957時点のウエスタン使用館は108館で、関西・中部地区は555の生産がとっくに終了した戦後になって、ようやくウエスタンを導入した小屋が多かったようですから。

 では戦前にWE555を使用していた映画館はどの程度あったのでしょうか。
 多くの映画館が戦災で焼失したようですが、それでも焼失した小屋はウエスタン使用館ばかりではなかったでしょう(余談ですが、五味康祐先生のご実家は興行師で、そこの映画館はウエスタン。先生が復員されたときウエスタンは小屋もろとも戦火で灰塵に帰していたそうです)。
 100歩譲って、戦災で消失したWE555使用館が日本に100館あったとしても、焼け残った555使用館と合計で、200館あれば良い方では。

 「戦前のウエスタン使用館は200館」は以下の@、A、Bから推論しました。
 @日本にウエスタンが進出していたのは1929~37年、1949~59年の合計18年。
 A1957年の映画館数は7000館弱で、同年のウエスタン使用館は108館。
 B戦前、ウエスタンが日本から引き上げた1937年の日本のトーキー映画館数は1701館(無声映画の小屋も49館、まだ存在 ! )。

 1937年時はトーキーシステムを供給できる音響設備の会社が戦後ほどは無かったと思いますが、1957年の状況(7000館中108館がウエスタン)から推測すると、1937年の1701の映画館のうち、リース料の高いウエスタン使用館は200館もあれば良い方ではないでしょうか。
 戦前、ウエスタンエレクトリックのトーキーシステムを使用していた小屋は、それを誇らしげに小屋の前に掲示してあったと聞きますよ。

 以上より1929年~37年に555使用館が200館あって1949~59年に555使用館が100館あったとします。日本に本当に1万本の555が入っていたとして、その数の555を国内の映画館で消費するには、
 10000本÷(200館×8年+100館×10年)=3.85本、つまり三ヶ月に一回555を交換しなくてはなりません。
 戦後555を使用していた100館が1970年まで555を使用していたと大甘に見積もっても、
 10000本÷(200館×8年+100館×21年)=2.63本、半年に一回以上555を交換です。

 ダイヤフラムは必要に応じて交換されていたようですが、555レシーバーを二つ使用する15Bスロートが日本で多く使われていたとも聞いていませんから、レシーバーを盆暮れに交換しても、1万本なんて要りませんぞ。

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