ウェスタンエレクトリック・ロンドン2080-Aを導入しました(その3.)

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 (写真はウェスタンエレクトリック・ロンドン2090-Aの姉妹品?アルテック288Bです。アルテック288が英国では2090-Aに改良され、米国では288Bに改良されました)

 ウェスタンエレクトリック・ロンドンの製品というと、「ウェスタン」の名前の為か、アルテックより旧いパーツだと一部で誤解されている様です。
 しかし2080-Aウーハーも、ウェスタンエレクトリック・ロンドンを代表するドライバーである2090-Aも、アルテックの515、288より後に、これらのモデルを下敷きにしてイギリスで作られたものです。
 515、288は1945年に開発されているのに対し、2080-A、2090-Aは1950年に発表されています。

 米国のウェスタンエレクトリックは独占禁止法(集中排除法)のため1937年にスピーカー製造部門がアルテック、IPCに分離されましたが、独禁法が無ければウェスタンエレクトリックのままで良かったわけです。
 米国の独禁法の権限は、当然海外には及びませんから、英国ではウェスタンエレクトリックの社名でスピーカーが作り続けられたのでしょう。

 ウェスタンエレクトリック・ロンドンの製品が英国のどこの工場で作られたのかは、確定的な話がありません。
同じシアターサプライを手掛けている事からバイタボックスが一枚噛んでいるらしいとか、工場の規模はグッドマンが最大だったのでココだろうとか、いや、創業者のガイ・ルパート・フォンテーンが昔ウェスタンエレクトリック・ロンドンに勤めていた関係で、タンノイが協力したという説もあります。

 私はウーハーに関してはバイタボックスのOEMではなかったかと推測しています。それは1954年に既に2080はアルニコ磁石からフェライト磁石に変更されているからです。

 フィールドコイル磁石の時代が終わるとスピーカーはアルニコ磁石に一斉に変更されました。その磁石が一斉にフェライトへ変更されたのは1970年代末期です。
アフリカ・ザイールの内戦でコバルトが高騰し、アルニコ磁石の材料が手に入り難くなったためだそうです。
 それまでもフェライト磁石のスピーカーはありましたが、ほぼ全て廉価版、高級機はどれもアルニコでした。

 フェライトに変更されるとき、JBLは「いや、フェライトの方が性能は良いんだ・キャンペーン」を打ちましたが、実際聴くと優劣は明らかで、この辺りからJBLは日本で売れなくなったらしいです。タンノイもアルテックもフェライトに変更された時にはファンから悲鳴が上がりました。

 私は当時タンノイを使用していましたが、例えアルニコモデルで一番評判の悪かったHPD385A(私の愛機)であっても新型のフェライトモデル、K3808より断然良い音でした。
 アルテック、JBL、タンノイが当時の海外製スピーカーの御三家でしたが、フェライト化に伴い一気にシェアを失って行ったと記憶します。

 この時代に悠然とフェライトを売っていた高級スピーカーメーカーがありました。英バイタボックスです。バイタボックスのウーハーは最初期こそAK150なるアルニコ磁石でしたが、コバルト高騰とは無縁の早い時期に、AK156/157のフェライト磁石に切り替えられていました。

 CN191コーナーホーンやバイトンメジャーは当時のクラシックマニア・垂涎の的でしたが、ウーハーは以前からフェライトでした。
 ドライバーもアルニコのS2とフェライトのS3が併売されており、どちらの方が上位機種との位置付けはなされてはいませんでした。

 つまりバイタボックス社は早い時期にフェライト磁石の使い方に習熟し、フェライトで美音を再生するノウハウに自信をもっていたのでは。
 ですから2080-AがバイタボックスのOEMなら1954年に早くもフェライト化(2080-F)されていても不思議ではないと考えるのです。

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