憲法記念日に考えた。憲法第9条は変えないと無理では?

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 今日は憲法記念日ですね。しばらく前から改憲問題は語られていますが、安倍政権が森友学園事件も物ともせず、高支持率を維持している現在、具体的な政治日程に登ってきたようです。
 新聞報道によると、東京オリンピック後の国民投票を目標としているとか。政治は一寸先は闇ですから、そう思い通りにはいかないでしょうが、可能性としては十分にありますね。

 憲法改訂のキモは第9条の取り扱いでしょう。最近の毎日新聞だったかの世論調査では、現在9条の改訂に賛成が30%、反対が46%だそうです。
 
ではここで、第9条を復習してみますと・・・

 『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。』

 現在の北朝鮮問題における日本海での海上自衛隊の行動は、上記のうち「武力による威嚇」に抵触しています。さらに、昔から言われることですが、自衛隊の存在は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」に抵触しています。

 イヤそれは解釈次第だの、緊急避難だの屁理屈はつくのでしょうが、シンプルに、虚心坦懐に第9条を読むと、憲法第9条は1950年の警察予備隊創設以降守られていません。

 現実に日本は軍隊を持ち、軍事行動を行っています。これを全て止め、自衛隊は解散、軍事力は一切保有しないという立場の人だけが憲法第9条改訂に反対する全面的な権利があると思います。
 他の改訂反対の立場の人は憲法に実質的には違反しても構わないが、憲法の文言が一定の歯止めになるため機能として憲法第9条を維持すべきだということでしょう。

 さて、平和維持に一定の役割を果たす機能として第9条を用い続けるべきか、あるいは憲法の文言を拡大解釈して、いわばウソにウソを塗り重ねるのを止めるべきか。
 これは難しい問題です。自衛隊という軍事力を保持しなければならないというのは両者に共通です。「役に立つ」ならウソも方便か、憲法という国の大原則を守り、法治国家であり続けるためには第9条を改訂するべきか。

 子供の教育を考えると憲法の運用にウソがあるのは極めて良くないと考えますが、そのウソが社会に極めて役に立つ場合は敢えてウソを付き続けるという選択肢はあると思います。

 http://www.therichest.com/rich-list/most-shocking/top-20-worlds-strongest-militaries/という世界の戦力比較を行ったサイトによると日本の軍事力は世界第4位で、英独やイスラエルよりも上位に評価されています。
 この順位が正しいか否かはさておき、現在の第9条の下でもこれだけの軍事力を保持できたのだから、このままで良いという意見もあるでしょう。

 しかし軍事力とは相対的なもので、周辺国の軍事力が増強すれば日本もそれ相応に整備しなければなりません。第9条を持ちながら、これが達成できるのか。

 ベンプレ親父はここが心配です。現在の自衛隊の所持する武器は自衛のみに使用できるものか、侵略にも使用可能かが常に吟味され、武器の種類、機能に多くの制限が掛かっています。
 しかし、戦力が他国との相対比較にて評価されるものである以上、この制限は不都合な場面が起こりえますし、その時の臨機応変な対応にも第9条は足枷となるでしょう。

 例えば、現在北朝鮮のミサイル基地を攻撃するための武器が自衛隊には幾つか足らないそうです。米軍との共同作戦でなければ他国の侵略兵器の基地を叩くことができません。
 これでは日本の安全は心もとない。また、日本国が真の独立国としての主権を維持しているとは言い難い。永遠に日本はアメリカとセット、一蓮托生でいろと言うのでしょうか。
 これは歴史的に見ても無理があり過ぎです。

 当然、第9条の解釈を曲げて、他国の基地を叩く兵器を所有する権利を日本国が有すると強弁することは可能でしょう。でもそこまでやりますか?それこそ憲法無視、法治国家の体をなさないのでは。

 大東亜戦争の敗戦を経て発布された日本国憲法のうち、少なくとも第9条はその歴史的役割を終えました。日本国が真の主権国家、独立国となるために、また長期的な平和を維持し、他国からの侵略に備えるために第9条は改訂すべき時が来たとベンプレ親父は考えます。

 私の改定案は以下です。
 『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。他国の主権の侵害、他国への侵略を目的とした武力の行使は、これを行わない。陸海空軍その他の戦力は日本国の主権の維持、国家の財産、領土、人命の保全のためにのみ行使される』

 現憲法はGHQが作ったのか、昭和天皇がどのように感じておられたのか、各国の現行憲法で日本国憲法だけが70年も改訂されていないなどの事象はどうでも良い事、少なくとも重要ではないと私は思います。

 日本が主権国家、独立国家であるためには、国家という機能が常識的に持つ機能は有するべきです。
 そして憲法解釈の整合性をとり、憲法遵守の精神が国内に横溢し、子供たちに憲法が説明できるように第9条の改訂は成されるべきだと思います。

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この記事へのコメント

鬼指
2017年05月03日 20:29
アメリカの51番目の州になれば解決。
シナの植民地になるよりいいじゃん。
ベンプレ親父
2017年05月03日 21:08
鬼指様、コメント有難うございます。

私はアメリカの51番目の州になるのも中国の自治区になるのも良い選択だとは思いません。
日本国として独立を保つことが最良の選択だと思います。

たしかに日本人の中にはアメリカ文化を全面的に受け入れ、日本文化を捨て去ることに嫌悪感のない人が一定程度いることは承知します。
終戦後も国語を英語にしようという運動や、漢字、平仮名、カタカナを廃し、全てローマ字にしようという運動がありました。

現在も国家という概念を否定し、ヌエのような得体の知れない存在に日本を変革させようとしている集団のあることも承知しています。

アメリカも中国も現在の強国ですが、世界史を見てもその時代時代で隆盛を誇る国はうつろいゆくものです。
日本はその地政学的利点を生かして、紀元2600有余年、独立国としてその地位を守ってきました。
確かに地球は狭くなりましたが、私たちにもできるはずです。
今は諦める時期ではないと私は思います。
blogめぐり
2017年05月03日 21:27
先生のお宅はどうだったでしょうか?昔は祝日は各家庭で日の丸を掲げていました。TVも一台でしたから、子供達も国会中継をみて育ちました。憲法の日、各地で色々な勉強会が行われていると思います。子供の早期英語教育も良いですが、道徳、憲法、税金のことなどをもっと重視した教育は出来ないでしょうか?親子で考え、学校で話し合い(教えられる先生も減っていると思いますが) 保守、リベラル等色んな意見があって当然ですが、ボケーッと何にも考えないよりはましです。私はあまりに昔のことですっかり忘れていましたが、旧 防衛庁に合格しながら結局行きませんでした。自衛官の方々の働きには、国民みな感謝していると思います。
ベンプレ親父
2017年05月03日 23:58
blogめぐり様、コメント有難うございます。

道徳教育は私も大切だと思います。
人間、生まれつきの性向があり、根本を変えることは遺伝子が許しませんが、その性向を社会性が豊かでその人間に益する方向、周囲に益する方向に強化することはできると思います。

道徳では枝葉末節に拘らず、友愛、慈愛、共感、公徳心など人間の人間たる基本を重視するべきだと思います。
「会津藩什の掟」など参考に出来る素晴らしい規範もあります。

森本学園のように政治的、思想的問題に踏み込んだ教育を早いうちから行うことには反対です。
子供の頃には人間らしい心を育て、知恵の領域は彼らの成長に合わせて提供されるべきで、基本的には自主的に開拓されていくべきものだと思います。

同時に、その知恵、行動が年長者には未熟、危険と映る場合も、最後のセフティーネットを張りつつ見守るべきだと思います。
(続きます)
ベンプレ親父
2017年05月04日 00:24
(続きです)
人間の考え方には教育の及ぼす影響は大きいと思います。
私は中高一貫校でしたので、中学時代の世界史の授業は知識の羅列ではなく、「なぜ社会はこのように変革したか」を考える授業でした。
4人の世界史の先生がいましたが、戦争のU野と呼ばれたおじいさん先生を除く3人の先生は全員30代で、互いに分担して社会の進歩、変化に関してじっくり考えさせてくれました。

西洋史はK藤先生、S戸岡先生、東洋史はT井先生でした。
全員マル経の先生で、T井先生は革マル派の幹部でしたので、私が高校1年か中学3年の時に中核派に襲われ、瀕死の重傷を置い数ヵ月入院されていましたね。
先生の復帰時には、クラス中が拍手で先生を迎えました。
T井先生はウチの高校のOBでもありました。

私の根底に流れる思想はこの頃に培われたと思います。
自らを分析しますと、民族主義的共産主義者(??変ですね??)ではないかと思います。

その思想の一端を披露してしまったせいか、某医科大学の二次試験、面接で落っこちたのは御愛嬌ですw

なお、「戦争のU野」先生の授業も素敵でしたよ。
戦争といっても大東亜戦争ではなく、百年戦争やバラ戦争を詳しく語るような詩的な授業でした。
(続きます)
ベンプレ親父
2017年05月04日 00:31
(続きです)
後、若い時期に他人と深く交流することも大切だと思います。
そして人の価値観は多様であり、それでも目的のためには個々の価値観を超えて集結することが必要だと学ぶことは大切だと思います。
私は高校のアメフト部でS藤先生の指導のもと、これらを学びました。

ただ男子校だったので、異性との交流は学ぶ機会がなく、未だによくわかりません。
まあ、世の中、よく判らんほうが良い事もありますからねw
blogめぐり
2017年05月07日 22:26
GW後半はゆっくり休養出来たようで良かったですね。先日紹介いただいた本を早速読もうと大きな書店に行ったら、まさかの在庫切れ!最初からAmazonにすれば良かった。私の拙い感想は書きませんが、先生の言われるようにどんな人と出会い、どう関わるかで人生の深みは違ってきますね。先生の先生達の話は面白かったです。私立名門校はお行儀よくのイメージでしたが(笑)強烈な先生も多かったのですね。田舎育ちの私は小6の時の担任だった先生。先生そのものの存在がこれまでの先生と違っていて、子供達は戸惑いながらも卒業時には大きな存在になっていました。当時としては珍しく体罰は絶対にせず、一人一人が理解出来るまで話をする。子供の為なら校長と喧嘩しまくる。給食の時間には子供達がまだ食べてる時に歌う歌う(流行歌から反戦歌…沖縄を還せ!とか。まだ返還前でした) 車で2時間くらいの実家に子供達を順番に泊め、家庭訪問でなくても遊びに来る。そんな先生だったからか早々に転勤になり、子供達も保護者も別れを惜しんで泣きました。今は遠方に住んでいる為なかなかお会い出来ませんが、私が思うのはこの12才という年齢がとても大事な時期だっということです。同級生は皆、無事に社会に出て、時期が来たら田舎に帰り親の面倒をみています。自慢じゃありませんが、私が一番最後に結婚しましたと言うより、結婚出来ました。
P.S.
本屋さんに行ったので手当たり次第に買いました。(サイコパス)(自閉症スペクトラム)(知性とは何か)(日本人の9割が知らない遺伝の真実)(一生モノのジャズ名鑑500)(ユダヤ人大富豪の教え…若い頃に(日本人とユダヤ人)を読んでいたので少し気になりまして)

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