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zoom RSS ウエスタンエレクトリック13Aレプリカ&WE555導入記 その11.

<<   作成日時 : 2017/09/07 18:58   >>

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 今回はすこしブレイクを入れましょう。
 この写真はベンプレ親父が先日手に入れた1935年のチラシです。京都座という映画館が、新たにウエスタンエレクトリックの音響システムを導入する事を、イラストの様に鳴り物入りで喧伝しています。
 
 読んでみますと、ウエスタンエレクトリックの優秀性を口を極めて誉めたたえています。1935年といえばウエスタンが一時撤退する1937年の2年前ですが、この時期であっても国内のトーキーシステムの中でウエスタンは希少なものと伺えます。
 このチラシも戦前のウエスタンエレクトリック使用館が200館もなかったと私が思う理由の一つです。

 うーむ、それにしても音響装置をウエスタンに入れ替えることを宣伝するだけのチラシですか。熱気がありますなあ、当時の映画館は。
 いまでもマニアの間では「何処其処の何某映画館は音が良いね」なんて話が出ないこともないですし、HIVIのようなAV雑誌で映画館の音響設備が取り上げられることも無きにしも非ずですが、音響設備変更のチラシが撒かれた話はついぞ聞いたことがありません。
 
 それにしても・・・82年前にそんなチラシが撒かれていて、そのチラシが映画ポスター屋さんに残っていて、なおかつ今は私の手元にあるとは、なんという僥倖でしょう。

P.S.
 京都座はかつて新京極にあった映画館だそうです。ネット上では1936年時の京都座の写真とともに以下のように解説されています。
 『京都座は中京区新京極三条下ルにあった松竹直営の封切館。上映作品は『入婿合戦』(野村浩将監督、1936年)、『踊る名君』(井上金太郎監督、1936年)。『踊る明君』に出演した高田浩吉実演の案内も見える。京都座は1900年に弁天座として開場、演劇や映画などを上演していたが、1933年12月末に松竹キネマの封切館となった。第ニ次大戦後は東映などの封切館となり、その後名称も京都ロキシーと改めたが1999年に閉館。現在はその場所にはシネコン「MOVIX京都北館」がある。』

 京都座は戦後も長く営業されていたようですが、続・音響道中の1957年時のウエスタン使用館の中には残念ながら出てきません。京都は空襲をほとんど受けていませんので、シネマスコープ導入時に価格の安い他社製品に乗り換えられたのかもしれませんね。

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